協会のなりたち

協会のなりたち

栃木県に盲導犬協会が出来たきっかけ

全国に11団体しかない盲導犬育成施設の1つが、ここ栃木県にあるのはなぜが知っていますか?東日本盲導犬協会設立のきっかけは、ご自身が視覚障害者で、栃木県立盲学校の教員をされていた鈴木彪平(ひょうへい)先生が、1967年にアメリカの盲導犬育成施設アイ・ドッグ・ファンデーションで盲導犬歩行の訓練を受けた事にさかのぼります。アメリカからジャーマン・シェパードの盲導犬「アルマ」と共に帰国された鈴木先生は、盲導犬との歩行の快適さをより多くの人に感じてもらおうと、当事全国に4つしかなかった育成施設を栃木県内にも設立しようと思い立ったのです。鈴木先生と市民有志の方々が大変なご苦労を重ねて、県知事と交渉を進め、県議会の承認を取り付け、1973年に盲導犬センター設立準備室が設置されました。

校長官舎からスタートした盲導犬協会

そして翌年11月、財団法人栃木盲導犬センターの設立が許可され、日本で最初の盲導犬育成施設が誕生してから5年目に、全国で5番目の盲導犬センターとして発足しました。ただし、当初は盲導犬センターとは言っても、盲学校の跡地の校長官舎を利用して盲導犬の訓練を行うような状況だったのです(その当時、盲学校は宇都宮方面に9キロほど離れた場所から、福岡町に移転してきたばかりでした)。しかしその数年後、栃木盲導犬センターは盲学校に隣接する現在の土地を栃木県から無償貸与され、本格的な盲導犬育成の体勢が整い始めました。以後40年間以上にわたり、栃木県内はもとより、近隣各県の視覚障害者に盲導犬を提供し、視覚障害者の自立支援と社会参加に貢献しています。

これまでに、そしてこれからも 支えてくれた方へ感謝

なお、栃木盲導犬センターの設立に多大な貢献をされた鈴木彪平先生は、1976年、盲導犬センター設立の2年後に、27年間勤められた盲学校を退職されました。その4年後の1980年12月、鈴木先生の業績が世に認められ、読売新聞より福祉賞が内定し、新聞記者からインタビューを受けている最中に、突然襲ってきた心筋梗塞のためにお亡くなりになりました。盲導犬センターの設立から6年が経ち、盲導犬育成がようやく軌道に乗り始めた頃でした。
東日本盲導犬協会はこれまでに支えて下さった方々、これからも支えて下さるすべての方々に感謝の気持ちを忘れず、これからもより良い盲導犬協会を目指して歩んでゆきます。
※鈴木先生が教鞭をとられた栃木県立盲学校は平成20年、創立100周年を迎えました。